最近、SNSで話題になっていた広島県行政書士会のこんな会長声明に関する問題点の2つ目です。

前回の記事はこちらです。
広島県行政書士会の職域に関する会長声明の誤りについて

行政書士の職能についての会長声明
https://www.hiroshima-kai.org/doc/efilebox1030/1559027268219_79416282.pdf
交通事故にかかる自動車保険請求手続についての会長声明
https://www.hiroshima-kai.org/doc/efilebox1030/1559027735125_58602071.pdf

今回は、もう1つの、自賠責保険の会長声明の法の問題点について書いていきたいと思います。

1 会長声明の問題点

まずは、会長声明に関しての問題点ですが、これは、紛争性の考え方についてという部分につきます。
私も、自賠責保険の請求が一切できないとまでいうつもりはありませんので、この点については特に意見はありません(ただし後述の通り、後遺障害等級に関する異議申立ができるという会長声明にはないが弁護士会に送付された文書に記載されていた主張には大きな問題があります)。

最初に、弁護士と行政書士の職能の違いについて確認しておきます。前回記事でも出てきた下の図ですが、弁護士が法律事務として全ての業務ができるのに対し、行政書士ができるのは「紛争性のない書類作成」の部分だけということになります。

この「紛争性があるかないか」という点について、申し入れをする時点では相手が反論してくるかどうかが分からないから、まだ紛争性はないのだ、というのがこの声明の主張です。はっきり言って、トンデモ主張といわざるを得ません。

この根拠として声明が引用しているのが、2つの判例です。
この内最判平成22年7月20日は、弁護士法72条違反の刑事有罪判決で、弁護士ではない者が賃貸人の都合で債務不履行もない賃借人相手に立退き交渉を行った事案であり、立退料の支払などが確実に問題になるので、「将来法的紛議が生ずることがほぼ不可避である案件」であることを理由に弁護士でなければなしえない行為と認定しています。
広島高判平成27年9月2日は、ヤミ金融相手の債務整理を行った行政書士について「訴訟事件など弁護士法第72条列記の事件と同視しうる程度に権利義務に関し争いや疑義がある事案」であることを理由に、報酬の返還を認めた民事の判決です。
つまり、いずれも、紛争性があると認定し、弁護士法違反の結論を出した判決なのです。つまりどちらも弁護士でない人にとっては負け判決ですから、ここに入りそうなら有罪の可能性が高いから絶対に避けなければいけない内容です。

逆に、これらの判決が用いた基準を根拠にこの範囲に入らなければ大丈夫というのは、きわめて危険といわざるを得ません。ましてやこれらの言葉を拡大解釈して業務範囲が拡大されたと解釈することは、きわめて危険と言わざるを得ません。

さらに言うと、いずれの基準にあてはめるにしても、「申し入れするまでは大丈夫」という基準は「確実にOK」にはなりえません。百歩譲って、考え方によっては入る可能性が0ではない、というところでしょう。

実際、最高裁判決の方は、申し入れをするしない以前に弁護士法違反だといわれている判決なのです。申し入れまでは紛争性がないなどという無責任なことがなぜいえるのでしょうか?

2 行政書士が自賠責の異議申立ができるという主張について

この会長声明には出て来ないのですが、行政書士会から弁護士会宛に送付された文書の中には、「行政書士は自賠責保険の後遺障害等級に関する異議申立を行うことができる」というものがありました。
その理由としては、「自賠責保険の異議申立は、一般に異議申立という表現を使われているが、法律上は再請求であり、新事実が発見された場合に自賠責保険に関する後遺障害等級の申請を出し直すものだから、特段保険者との対立が生じている者ではないから」というものでした。正直なところ、呆れるしかありません。

というのも、後遺障害等級は損害賠償請求の金額に大きな影響があります。それについての不服があるという以上、相手方との間で法的紛議が生じることがほぼ不可避です。そして、再請求は新事実が発見された場合に限らないことから、「異議申立」と表現されているのです。同じ証拠で結論が変わることはいくらでもあります。

特段保険者との対立は生じていないといいきれる根拠が全く分かりません。

3 依頼者にとってのメリットは?

以上の通り、行政書士会の主張する業務範囲に関する主張はあまりにもひどいものです。
そして、行政書士会の主張をそのまま受入れるとしても、相手から反論されたら紛争が現実化しますから行政書士は業務として取り扱うことができなくなりますし、任意保険に関する請求はそもそもできません。

そもそも、依頼者にとって自賠責保険に関する請求を行政書士に依頼するメリットというのはどこにあるのでしょうか?

相手から反論された段階で手を引かなければいけない人にが事件処理をするのは、依頼者にとっては迷惑きわまりないはずです。
また、世の中の交通事故事件で、自賠責保険の請求だけしていればいいという事件は、あまり多くはありません。通常は任意保険の方が賠償額は大きくなりますから、任意保険の請求をしなくていい事件というのは、任意保険には行っていない相手の時か、自分の過失割合が大きすぎる等の理由で自賠責保険の方がたくさんもらえそうな事件に限られます。

弁護士に依頼すればこんな心配をする必要はどこにもないのです。

自分たちのことだけ考えて業務範囲を拡大解釈しようとするのは自由ですが、自分の利益のことだけで依頼者のことを全く考えていないと言わざるを得ません。

4 現在の行政書士会の危うさ

私が危惧していることの1つとして、現在の広島県行政書士会が、会員(所属の行政書士)を危険にさらしているのではないかという点があります。

カバチタレの原作者である田島隆氏は、行政書士の職務に関してメディア等にも出演していますが、講演等で後者の判例により「訴訟と同レベルまで紛争が現実的な物になっていない限り行政書士が扱えるのだ」との独自の見解を展開しているようで、広島県行政書士会主催の講演会でもそのような内容をしゃべったと聞いています。その延長で、反論が来ない間は訴訟と同レベルの紛争とはいえないから、行政書士が扱えるという主張が出てくるのだと思います。

そして恐らく、行政書士会の主張は、この田島氏の見解を採用しているのでしょう。これは、以下の経験からです。

2018年に広島弁護士会が行った行政書士に対する措置請求(監督官庁である県に対する懲戒請求)の際、非弁・業務広告調査委員会の委員長である私と担当副会長は行政書士会にその報告と再発防止の申入れに行きました(これが、声明の冒頭に出てくるものです)。
その際、行政書士会は、会長、副会長に混じって、なぜか田島氏が応対した上、こちらからの受け答えはなぜか田島氏が中心でした。このため、私は今の広島県行政書士会のこの辺りの見解は、田島氏が主導していると考えています。

業務拡大を画策する行政書士個人が、自己責任で危ない橋を渡るのはあり得ないことではないかもしれません。しかし、各地の行政書士会は強制加入団体であり、会員を監督する立場にあります。違法なことをさせないように、一番固いところを指導する立場にあるはずなのです。このような会長声明を信じて懲戒を受ける所属行政書士が現れた場合、会としての責任が取れるのでしょうか。