先日、過労死の事件で裁判上の和解をしました。

会社は、大手の建設会社で、被害者は、現場での責任者を務めていた方でした。平成23年、半年以上にわたる過重労働が影響し、30代にして重度の脳障害を発症し、2日後に帰らぬ人となりました。
労災認定においては、直近1ヶ月に100時間以上の残業、または、直近2ヶ月ないし6ヶ月の平均のいずれかが80時間以上であれば、業務が過労死労災認定に至ると強く評価できるとされています。
この方に関しては、直近1ヶ月が100時間を超えていただけでなく、2ヶ月~6ヶ月の平均のいずれも80時間を超えた状態でした。このため、平成24年に労災認定も問題なく認められました。

亡くなった時点で30代後半ですから、奥様も同年代。子どももまだ小さい時期です。 ご主人の死を受け止めるだけでも大変ですが、生活に一生懸命で、事件と向き合う元気がないまま何年も経過しました。9年近くが経って、やっと、ご主人が亡くなった時の状況を知りたいと労働局を訪れたところ、弁護士から請求してほしいと言われたようです。
労災に関する資料については、個人情報の開示請求という形で、遺族が請求すれば基本的には確認できます(一部黒塗りになる部分もあります。)。別に弁護士が依頼を受けなくても開示請求は可能なのですが、手続面での説明を役所で手取り足取りするわけにもいかないということで、弁護士に相談するよう勧められたのだと思います。

奥様が私のところに相談に来られたので、その手続について説明するとともに、会社に対する損害賠償請求はしなかったのかと尋ねました。すると、労働局で、出来ないのではないかと思うと言われ、諦めていたとのことで、請求出来るものならしたいとおっしゃいました。

労災においては、労災認定を受けて国から労災給付を受けることが出来ますが、それとは別に、会社に対して損害賠償請求を行うことも可能です。両者はかなりの部分で重なり合うのですが、いくつか違いがあります。1つは、過失の必要性の有無です。つまり、労災は会社に過失がなくても請求出来ますが、損害賠償請求は、会社に過失がないと請求出来ません。ただし、労災が発生した事案において、会社に過失がないと裁判所が評価する事案はあまりないと言ってよいので、この点については大きな差ではないでしょう。
もう1つは、もらえるお金の内容です。一番典型的なのは慰謝料です。労災では慰謝料は支払われませんので、会社に対して請求することになります。また、給与についても全額が補填されるわけではありませんので、一定程度は請求出来ます。
つまり、金銭面で考えれば、労災給付と会社に対する請求を両方行うことで、給付金額が多くなる場合が多いのです。

この、会社に対する請求は、「安全配慮義務違反」と「不法行為」という2つの法律構成で請求が可能です。どちらの請求でも、基本的な内容はほとんど共通なのですが、消滅時効の期間や遅延損害金の起算点等いくつか異なる点があります。
前に書いたとおり、本件は労災から9年近くが経過した段階で相談を受けました。
不法行為では、3年で時効になってしまうのですが、安全配慮義務違反は、10年まで請求可能なのです。つまり、ギリギリ請求可能な時期でした。(旧民法の場合。現行の改正民法は異なります)。

私がこのことを奥様に説明すると、労働局の人には3年ではないかと言われたそうで諦めていたということでした。3年で時効が来るのとは違う請求の仕方があるということを説明し、受任することになりました。

既に労災認定がされている件での民事の損害賠償請求は、弁護士が行う限り、かなりの確率で勝訴が見込めます。この案件でも、会社は表面上は争う姿勢を見せながらも、当初の段階から金額面の折衝が中心になりました。その意味では私の手柄は、時効完成前に請求をお勧めできたことくらいかもしれません。

もちろん、「攻めと実績」を標榜する以上、折衝においては最大限の対応をさせていただきました。この結果、奥様と子ども達の分を合計して5500万円という金額を支払ってもらう形で和解することになりました。

損害賠償請求では、給与の補填にあたる労災給付の内、既に支給済みの金額だけが差し引かれます。また、安全配慮義務違反では、請求してからの遅延損害金しか認められません。このため、早く請求する方が有利な場合が多いです。本件でも、労災認定が出てすぐに請求していれば、もっと大きな金額がもらえたでしょう。しかし、請求しないままで10年が経過していたら、この5500万円ももらえなくなるところでした。

とはいえ、奥様が直後には請求出来なかったのも、もっともだと思います。相談の際、私は奥様に、「当時は請求を考えなかったのですか」、とぶしつけな質問をしてしまったのですが、「そんなことを考える余裕はなかった」というのが、奥様のお答えでした。考えてみればもっともです。小さい子どもを育てている最中に、ご主人が突然亡くなったのです。精神的にも金銭的にも、目の前のことに精一杯になってしまうのは当然でしょう。

かつての民法では、安全配慮義務違反については、権利を行使できる時から10年で時効になると定められていたのですが、改正民法ではこれに加えて、権利を行使できることを知った時から5年という条件が加わりました。この結果、遅くとも労災認定の日から5年で時効になっていたはずですから、この方の請求も出来なくなってしまうところでした。

身近な人の死などの重大な被害を受けた場合、被害者が被害に向き合うためには、それなりの時間が必要です。人によっては、何年もかかることは珍しくありません。
その意味では、時効期間が短くなったことは、酷な結果をもたらす可能性があります。

とはいえ、法律を変えることは難しいですから、私には早めに対応することを促すことしか出来ません。こういった情報を提供することで、1人でも請求に繋げられたら嬉しいと思います。
こういった目的をお話ししたところ、依頼者の方も、このブログを書くことを承諾して下さいました。