同業者が被害者の局部切断事件、センセーショナルでもあるため、週刊誌などで取り上げられることも多いようです。

事件の中身については、報道からはよく分からない部分もあるため、あまり立ち入ったことについて書くのは控えますが、同業者のFacebook投稿で、こんな記事を目にしました。

大学院生による下腹部切断は社会的抹殺狙う「理性的復讐劇」
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150821-00000001-pseven-soci

この記事によると、ロースクール生だった加害者は,量刑を冷静に計算して手を下した、ということなのですが・・・。あまりにもむちゃくちゃな話で、正直なところ失笑するしかありませんでした。

まず、犯罪の摘発というのは、量刑の多寡もさることながら、逮捕、勾留,起訴されると、全ての生活を止められてしまうというのが最大の不利益です。現在の生活で失うもの(恋人や職業、その他色々)がない人にとっては大したことではない場合もあり得ますが、ロースクール生にとっては、司法試験を志して一生懸命やってきたことを全て無にすることにもなりかねません。そうすると、どんな重さの罪か、ということは、この事件を犯す上であまり重要なファクターではないはずです。

ということもなのですが・・・。そもそも、ロースクールでは、法定刑(法律上何年以下の懲役にできるかなど)は教えても、量刑(ある罪を、その内容から考えて、具体的にどのくらいの重さにするかを決めること)は教えません。私はロースクール世代ではありませんが、ロースクール世代に2人ほど聞いたところ、教わらない、ということでした。
我々旧試験世代にとっても、量刑感覚というのは、修習以降になって初めて学ぶものでした。司法試験というのは、法律の解釈や事実の当てはめが主で、証拠をどのように見るかとか、量刑といった、現場での作業というのは、基本的に修習および実務に就いてから学ぶものという扱いでした。正直、何千人、何万人(私の時の受験者は2万5000人ほど)が受ける試験で、量刑の試験をするというのはかなり無理がありますし、法律の使い方が身についていない人がやるべきものでもありません。

弁護士になってからも、最初の何年かは、刑事弁護の際、依頼者から「どのくらいの刑になりますか?」と聞かれた時には、どきどきしながら答えていました。初犯の覚醒剤の所持(営利目的ではないもの)や使用は、ほぼ量刑は一定なので悩む必要はないのですが、窃盗や傷害など、被害の程度がピンキリのものは、中々簡単には分かりません。特に、今回のような典型的とはいえない犯罪については、裁判官や検察官によってばらつく可能性もあり、今でも、自信を持って答えられません。個人的には、4~5年の実刑かな、という気がしますが、6~7年でも驚きはしません。

司法修習の刑次兄の科目では、大まかな量刑感覚を身につけることを大きな課題の一つです。大体、実際の量刑は、修習生の感覚より軽いことが多いです。これは、一般の人の感覚というのは、被害者に同情的になりやすい上に、ハンムラビ法典の「目には目を」がベースにあるため、一般の量刑が軽く感じるのが大きな原因だと思います。
しかし、刑罰というのは、相手の自由を奪い、強制的に働かせるなどするものですから、課される方に対する影響は、実際に受けたことがない人よりもずっと重いものです。また、国家が行うものですから、コストの問題もあります。人は全てを無難にこなせるものではなく、皆、道を踏み外してしまう可能性があります。
中々、目には目を、というわけには行かないのです。実際、一般的には、先進国ほど刑罰は軽めの傾向があるようです。
そういったわけで、こういったことを無視して、量刑まで一般の人に決めさせる裁判員裁判の制度には、大きな疑問がありますが、話がだいぶそれてきたので、今日はこれくらいにしたいと思います。