少し前のことになりますが、最近、こんな記事が話題になっていました。

ヤマト問題で“カタカナ系”弁護士事務所が狙う!オイシイ「未払い残業代請求」とは…
http://wpb.shueisha.co.jp/2017/05/15/84728/1/

「カタカナ系」というのは、私がよく「宣伝系」と言っているタイプの事務所(テレビなどで派手な広告を行い集客する法律事務所。苦情等を聞く限りでは、多くの事務所は、1件1件に手間を掛けずそこそこの利益を多数積み重ねる薄利多売型ビジネスモデルで、弁護士も若手が多く、ひどい場合にはその若手でさえない非資格者が業務の大半を担う。なお、特定の事務所を指すわけではありませんので念のため)のことだと思いますし、こういった事務所に警鐘を鳴らしてくれるのはありがたいのですが・・・。
正直なところ、未払い残業代請求は、いくら手抜きをしても、過払い金ほど濡れ手に粟で成果が上げられるではありません。

「過払いの次は残業代」というのは、結構前からマスコミで言われている話で、私のうろ覚えの記憶でも、7~8年くらい前からあるのではないかと思います。しかし実際には、宣伝系の事務所は、相変わらず過払いをメインにCMをしており、残業代にシフトする兆候は全くありません。これは、彼らにとってそんなに「オイシイ」わけではないことを端的に示していると思います。

私は、元々消費者畑の弁護士ですから、過払いのある案件では特殊な事情がない限り全件について訴訟提起し、発生した元利金の殆どを回収する方針で、過払い請求でも手を抜きません。しかし、宣伝系の事務所の多くは、大幅に減額する代わりに任意で支払いを求める方針のようです。
そのことを前提に、残業代でも、同じようにやるというのがこの記事の内容のようです。確かに、実際に受任した案件については、そういった対応がありうるでしょう。

しかし、大幅減額と引き換えに訴訟の手間を避けるとしても、残業代請求は、過払い請求のように手間を省略する形にはならないのです。これにはいくつか理由があります。
① 残業代の計算は過払い金ほど簡単でも楽でもない。
まず、入り口の手間が全く違います。過払い請求の場合、弁護士や本人から取引履歴の開示請求があった場合には、全て交付しなければいけません。つまり、取引内容について争いが生じることはほぼないわけです。後は、計算の事務作業だけが残ります。
しかし、残業代請求の場合、こうはいきません。実態を反映したタイムカードが入手できればまだしも、多くの場合、タイムカードは、実際の残業時間よりも早く退社したことになっていたり、ひどい場合には全くない場合もあります。そういった場合、日報だったり、使っているパソコンのログだったり、乗っているトラックのタコグラフだったり、本人のメモだったり、様々な調査の可能性を考えた上で、残業時間の計算ができます。更に、就業規則の確認なども必要です。
これは、単純な事務作業という訳にはいきませんし、色々な考慮要素がある分、相手方とも争いが生じます。大量の事件を非資格者の機械的な事務作業で処理することは不可能ですから、この時点で宣伝系のビジネスモデルに反します。

② 争いになる余地が多い
残業代請求の場合、例えば管理監督者や固定残業代の定めなど、裁判でも争いになることの多い争点が幾つか存在します。これは、いくら減額しても、任意交渉でまとめることが難しい事案が相当数発生することを意味します。
裁判をしなければいけない案件が多くなることは弁護士が行わなければならない作業の増大を意味し、これも宣伝系のビジネスモデルに反します。

③ 相手方企業が千差万別
過払い請求の場合、相手方は貸金業者に限られます。現在は淘汰が進んでいますから、相手にするうちの8割以上は、10社以内の業者でしょう。これくらいですと、言ってみればプロ野球やJリーグの対戦相手と同じレベルの数。お互いに相手方の対応の仕方が予想できる関係です。相手が見えると言うことは、何件もやるうちに一定の和解水準が生まれてくる余地があります。
しかし、残業代請求の場合こうはいきません。従業員を雇っている会社はどこも対象となる余地がありますから、潜在的な相手方は何万とあるわけです。その中には、おとなしく減額での和解に応じるところもあれば、訴訟をしない限り払わないというところもあるでしょう。これも、任意交渉でまとめることが難しい事案が相当数発生する一因になります。

④ 訴訟になった場合の手間は相当に大変
 そして、訴訟になった場合の手間は、過払い訴訟の比ではありません。きっちり主張立証を尽くさないといけない争点がしっかりありますから、早期の和解は望み薄で、各争点について個別に主張を行う必要がありますし、全額勝訴できるとは限りません。当然、中には敗訴する事案もないではありません。
 私自身、少し前に、800万円の残業代を勝ち取る和解をしましたが、訴訟を提起してから2年以上かかりましたし、訴訟資料のファイルは2冊で15センチくらいにはなりました。

つまり、過払い訴訟に比べると、圧倒的に手間がかかる可能性が高い、裁判になっても勝てるとは限らない、ある程度熟練が必要で経験のない若手弁護士が中心の宣伝系事務所には扱いきれない事案がかなり含まれるなど、宣伝で大量に集めて、1件1件をさっさと右から左へ、というわけにはいかないのです。